次元について
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基底をとりかえた時の次元

何度も言いますが、
一つのベクトル空間に対して、基底のとり方は、いくらでもあるのですね。


さて、これは大変ですね!!


なぜですって?
「次元」という量は、線形空間の基底に依存する量のことです。
ひょっとして、線形空間の基底を変えたら、その次元も変わってしまうのではないでしょうか?

それはありません!!
次元というのは、基底の取り方によりません。



例えば、
$\displaystyle{V}$の基底は$\displaystyle{v_1,v_2}$と、2つのベクトルだったけど
$\displaystyle{u_1,u_2,u_3}$の3つのベクトルも$\displaystyle{V}$の基底になっちゃった!?

ということは起こりえません。
次元というのは、線形空間に依存する量なのです。
次元は基底の取り方によらず、一定なのです。




基底をとりかえても、次元の数は変わらない・・・この事実を数学風に述べると、こうなります↓

$\displaystyle{v_1,v_2,\cdots,v_n}$が線形空間$\displaystyle{V}$の基底であり、
同時に$\displaystyle{u_1,u_2,\cdots,u_m}$も線形空間$\displaystyle{V}$の基底であるとき、
$\displaystyle{n=m}$である。

余分なベクトル

$\displaystyle{\mathrm{dim}V=n}$とします。
つまり、線形空間$\displaystyle{V}$の次元を$\displaystyle{n}$とします。


さて、この線形空間$\displaystyle{V}$の中から$\displaystyle{n}$より大きい数のベクトル、
まぁ例えば$\displaystyle{n+1}$のベクトルをとってきましょう。
それを$\displaystyle{v_1,v_2,\cdots,v_n,v_{n+1}}$とします。



さて、このときベクトルの組$\displaystyle{v_1,v_2,\cdots,v_n,v_{n+1}}$は一次独立ではありません。


まぁこの事実は、直感的にお分かり頂けますか?
例えば、2次元の線形空間(平面)に属する3つのベクトルを持ってきても、そのベクトルは一次独立ではないですよね?

1次元の線形空間(直線)に属する2つのベクトルを持ってきても、そのベクトルは一次独立ではないですよね?




さて、この事実を数学的に述べるならば、こうなります↓
$\displaystyle{v_1,v_2,\cdots,v_n}$が線形空間$\displaystyle{V}$の基底であり、
かつ$\displaystyle{m{\ge}n}$ならば $\displaystyle{m}$$\displaystyle{V}$に含まれるベクトルの組は一次従属である。




つまり、言いたいことは、
「n次元の線形空間にn個よりも多いベクトルを持ってきたら、一次独立にはならない」
ということですね。

一次元・二次元・三次元

よく「線=一次元」「面=二次元」「立体=三次元」というのが一般的な常識としてよくありますが、
次元とは数学的には基底の数のことですよね?
だから次元というのは、「その空間内で、一次独立なベクトルをいくつ作ることが可能なのか」という量と考えてもさしつかえありません。


例えば、線の世界では一つベクトルを張れば、もうそのベクトルに一次独立なベクトルを付け加えることはできません。


平面の世界では、一つのベクトルを張っても、また別にそのベクトルと一次独立なベクトルを付け加えることができます。
しかし、また新たに一次独立なベクトルを加えることはできません。
つまり「平面内の3つの一次独立なベクトルの組」というのはありえないのです。
平面内には「高々2つの一次独立なベクトルの組」しか張れません。


立体の世界も同様です。
立体は平面と違い、奥行きがあるので、結果として「3つの一次独立なベクトルの組」を張ることができます。
しかし、三次元の線形空間の中では「4つの一次独立なベクトルの組」を張ることはできません。



でも数学では、本当にいろいろなことを考えるので「4つの一次ベクトルの組」を張ることができるという、4次元線形空間も普通に考えることができます!!
まぁ頭で想像しろと言われても・・・無理だとは思いますが・・・




日常会話では、次元といえば“異世界”とかいうオカルト的なキーワードを連想されがちですが、
本当の次元の意味は「基底の数」だということを十分に押さえておいてください。

四次元!?

しかし…「本当に実際に4次元空間なんて存在するのかょ!!?」
とお思いになることでしょう。

しかし、そうではなくて、例えば虚数みたいに実際に存在するかどうか分からないものも考えれるのが数学の強みなのです。
数学では4次元のベクトル空間を扱うからと言っても実際に4次元空間は現実に存在するんだ!!とまでは言及していませんよね。




「でも、現実に存在しないものなんか、やっても無駄なんじゃ・・・」



何も、「4次元」とは必ずしも“方向が4つある”という風に解釈する必然性は全くないのです!!
例えば物理の世界では、
「物体Aの位置が$\displaystyle{x}$にあって 速度が$\displaystyle{v}$である状態を$\displaystyle{\begin{pmatrix}x\\v\end{pmatrix}}$と表そう!!」
と、物体Aの状態を2次元ベクトルで表すこともあります。

このとき、状態ベクトル$\displaystyle{\begin{pmatrix}x\\v\end{pmatrix}}$の第一成分は位置を表すものであり、
第二成分は速度を表すものです。
この「位置」と「速度」の例のように、
2次元ベクトルは「必ずしも方向が2つあるベクトルを表している」とは限らないのです。

ユークリッド空間

以下では、
「直線」という線形空間を$\displaystyle{\mathbb{R}^1}$と表します。
「平面」という線形空間を$\displaystyle{\mathbb{R}^2}$と表します。
「3次元空間」という線形空間を$\displaystyle{\mathbb{R}^3}$と表します。



正確には$\displaystyle{\mathbb{R}^n}$というのは
実数をn個だけ縦に並べたベクトル全体の集合を表します。


この$\displaystyle{\mathbb{R}^n}$というのは方向がn個存在する空間であると考えてください。
だからユークリッド空間というのは、ごくごく普通の空間のことです。
$\displaystyle{\mathbb{R}^n}$のなすベクトル空間のことをn次元ユークリッド空間といいます。
(注:正確には、普通の内積も入った空間のことです・・・)

例えば3次元ユークリッド空間は分かりますが、
4次元以上のユークリッド空間となると、我々人間の力では想像できなくなります。
だって方向が4つ以上もある空間なんて想像できませんよね?
注:生まれつき目の見えない人など、たまに4次元以上の空間が想像できる人もいます。

ミンコフスキー空間

一方、
方向成分が3つ、で時間成分が1つの空間を、
3+1で「4次元世界」という流儀もあります。


これを4次元のミンコフスキー空間と言います。


つまり4次元のミンコフスキー空間とは、我々の住んでいる世界のことを言うのですね☆

次元に関する誤解・・・

ところで、世間一般では、こんなことを耳にします。
「4次元空間って、我々の住んでいる世界に時間が加わった世界だ・・・」


4次元目を時間とするのは、4次元ミンコフスキー空間の場合であり、
4次元のユークリッド空間では、4次元目は方向成分です。


特に、“時間”と“方向”とは、性質が全く違いますので、
4次元ミンコフスキー空間と4次元ユークリッド空間は全くの別物なのです。


「4次元ミンコフスキー空間」と「4次元ユークリッド空間」の意味をごちゃ混ぜにしないでくださいね。決して・・・
きっと、上の2つをごちゃ混ぜにしているから、「4次元空間は不思議な世界」なんて思っているんでしょうねぇ。
「4次元目を時間」とするのは、きっとミンコフスキー空間のことを言ってるのでしょうね。
我々の住んでいる世界は4次元のミンコフスキー空間と考えられるので、
「4次元目を時間」というのは、何の神秘性もなく、ごくごく当たり前のことを言っているのです。





何度も言うようですが、おなじ「4次元空間」でも、
「4次元のミンコフスキー空間」と「4次元ユークリッド空間」とは、全くの別物です。
むしろ、4次元目を“空間”とした「4次元ユークリッド空間」の方が、我々には想像できない世界ですね。



まとめますと、
我々はユークリッド空間として3次元の世界に住んでいるのであり、
かつミンコフスキー空間として4次元の世界に住んでいるのですね。



と、いうことで☆「4次元空間」にも、いろいろな意味(?)があるんだなぁ〜〜というのが、お分かり頂けたでしょうか(^O^)/

以下では(この線形代数のページでは)、n次元線形空間といったら「n次元のユークリッド空間」のことを表すとします。
(↑ミンコフスキー空間を使うと、内積がどえらいことになってしまうからです(笑))

私は、時間と空間は「男と女の関係」のように感じます(笑)
現代社会では「男女差別をなくそう」とありますが、男と女は本質的に違うので、
結局“同一視”にも限界があります。

相対性理論でも「空間と時間を同一視しよう」なんて試みがありますが、
「場の量子化」の時の手続きや「世界距離」の時など、やはり“時間は特別扱い”みたいな風潮があるので、
空間と時間を本当に同一視することはできないのですね(笑)


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