抽象ベクトル空間

ベクトルの一般化

さて「ベクトルは数を縦に並べたもの!!!」と今まで述べてきました。
まぁ数学をあまり深くやらない人は、このように考えても、あまり問題は起こらないかな・・・?



ところで、このホームページの「レベル7」を見て分かる通り、
数学は抽象化が大好きです!!!


ということもあり(?)、 これからは、なななんと「ベクトル」の概念が抽象化されます!!!


ともかく、これからはベクトルってのは
・数を縦に並べたものだな〜
・大きさと方向をもつもの!!
という考えを捨てて読んでください。



え?それってどういうこと(・・?
どういうことかというと・・・
ある条件を満たすものは、何でもベクトルって呼んじゃえ!!!」
ということです。

今まで「矢印」と見てきたベクトルも、そのある条件を満たしているから、ベクトルと言えるのです。

じゃぁ、そのある条件とは一体何なんだ!!!
というのを、これから紹介します。
これからは、今まで扱ってきたベクトルを「矢印」ベクトルと呼ぶことにしましょう。




その前に・・・
ベクトルにはスカラーという相棒が必要です!!!
ベクトルを考えるには、スカラーというものを考えなければなりませんね。

スカラーなくしてはベクトルを語ることはできません!!!

ということで、定義にはいりましょう・・・

ベクトル空間の定義

$\displaystyle{V}$$\displaystyle{K}$上のベクトル空間とは、 以下の条件1〜5を満たすことです。
このとき$\displaystyle{V}$ベクトル空間$\displaystyle{K}$スカラーと呼びます。

条件1:
$\displaystyle{V}$が加法$\displaystyle{+}$に関して可換な群(アーベル群)である


条件2:
$\displaystyle{K}$は体である


条件3:
$\displaystyle{K{\times}V{\rightarrow}V}$のような写像が定義されている。
つまり$\displaystyle{a{\in}K,v{\in}V}$ならば
$\displaystyle{av{\in}V}$である


条件4:
$\displaystyle{a,b{\in}K v,w{\in}V}$としたら
  • $\displaystyle{(ab)v=a(bv)}$
  • $\displaystyle{(a+b)v=av+bv}$
  • $\displaystyle{a(v+w)=av+aw}$
  • が成り立つ。
    つまり$\displaystyle{K}$$\displaystyle{V}$ との間に、結合律・分配律が成り立つ


    条件5:
    任意のベクトル$\displaystyle{v{\in}V}$に対して
    $\displaystyle{1v=v}$
    である。
    ただし$\displaystyle{1}$とは、$\displaystyle{K}$の乗法の単位元である。

    細かく説明φ(..)

    さて、いきなりこんな定義を出されても、すぐには理解しにくいとおもいます・・・正直。


    だから、今までの「矢印」ベクトルを使って条件を確認していきましょう。


    条件1:
    可換群(アーベル群)とは、演算子+が以下の条件を満たしていることでした。
    • 交換律、つまりa+b=b+a
    • 結合律、つまり(a+b)+c=a+(b+c)
    • 単位元0の存在、つまりa+0=0+a=a
    • 逆元-aの存在、つまりa+(-a)=(-a)+a=0
    今まで扱ってきた「矢印」ベクトルでは、
    単位元がゼロベクトル$\displaystyle{\overrightarrow{0}}$
    ベクトル$\displaystyle{v}$の逆元を$\displaystyle{-v}$として、
    以上の4つの条件を満たしていることが分かります。

    $\displaystyle{u,v,w}$をベクトルとして、
    $\displaystyle{u+v=v+u}$
    $\displaystyle{(u+v)+w=u+(v+w)}$
    $\displaystyle{u+\overrightarrow{0}=\overrightarrow{0}+u}$
    $\displaystyle{u+(-u)=(-u)+u=\overrightarrow{0}}$
    となり、確かにベクトルの足し算+に関してアーベル群をなしています。
    (群とは、演算子を抽象化したものでした。詳しくは群のページで)



    条件2:
    スカラーが体の構造を持っていること・・・
    ところで、スカラーは普通の「数」でしたよね?
    実数は体の構造をもっていることから、それは「矢印」ベクトルではあたりまえのことです。



    条件3:
    スカラーとベクトルからベクトルへの関数・・・?
    そう難しく考えないでください。

    ベクトルにスカラーを一つあたえたら、違うベクトルに飛ぶ、と考えてください。

    例えば
    $\displaystyle{3v}$
    というのは「矢印」ベクトルの意味では
    「ベクトル$\displaystyle{v}$の長さを3倍にする」
    という意味です。

    これは、見方を変えたら
    「ベクトル$\displaystyle{v}$にスカラー3を与えたら違うベクトルに移った」
    と考えられないでしょうか?


    このようにして、ベクトルとスカラーから、違うベクトルへの対応を考えることができます。


    条件4.5は面倒くさいので省略しますが(←コラ!!!)
    まぁ、満たしていることが分かると思います。

    ベクトル空間の例(行列)

    このように考えると、いろいろ「矢印」ベクトルではないベクトルが作れそうです。
    だって、以上の5条件を満たせば、なんでもベクトルと読んでいいわけです!!!


    例えば、2×2の行列:
    $\displaystyle{\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}}$
    は、スカラーを実数として、ベクトルになります。

    $\displaystyle{\begin{pmatrix}a & b \\ c & d\end{pmatrix}+\begin{pmatrix}e & f \\ g & h\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}{a+e}&{b+f}\\{c+g}&{d+h}\end{pmatrix}}$
    のように、足し算もつくれますし、
    $\displaystyle{r\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}{ra}&{rb}\\{rc}&{rd}\end{pmatrix}}$
    のようにスカラーのベクトルに対する作用を作れます。

    このように2×2の行列全体からなる集合は、実数をスカラーとして、ベクトル空間になります。


    しかし、何だか「行列をベクトル」と言うのは、何だか慣れないと違和感があるかもしれないですね?
    スカラーのベクトルに対する作用も、「矢印」ベクトルの場合は「長さを○○倍する」という意味でしたが、
    行列の場合、その作用の意味も違ってきます。
    しかし、以上の条件を満たせば、こんなものでも何でも「ベクトル」と言ってしまうわけです。

    ベクトル空間の例(その他)

    他にも、多項式
    $\displaystyle{a_nx^n+a_{n-1}x^{n-1}+\cdots+a_2x^2+a_1x+a_0}$
    もベクトルになります。
    $\displaystyle{(ax^2+bx+c)+(dx^2+ex+f)=(a+d)x^2+(b+e)x+(c+f)}$
    $\displaystyle{r(ax^3+bx^2+cx+d)=rax^3+rbx^2+rcx+rd}$
    のように、ベクトルに加法が定義され、スカラーの作用も定義できます。
    あとは、他の条件も満たしていることは簡単に確認できます。


    他にも、
    • 線形微分方程式の解全体
    • フーリエ変換可能な関数全体
    なども、ベクトルになります。

    無限次元ベクトル空間!?

    ところで、多項式のベクトルでは、
    $\displaystyle{\{1,x,x^2,x^3,\cdots\}}$
    を基底としていることが分かります。

    見れば分かるように、基底が無限個あるのです!!!


    抽象ベクトル空間では、無限次元のベクトル空間を考えることがあります。
    名前だけ聞くと・・・何だかすごいですね。

    無限次元のベクトル空間では、
    線形代数学の一般論が成り立たない・・・そんなことが時々あります。

    この「無限次元ベクトル空間」を扱う分野のことを「関数解析」というのですが・・・

    ベクトルの他の性質

    一般的に、ベクトルには以下の性質があります。

    $\displaystyle{0v=\overrightarrow{0}}$
    $\displaystyle{(-1)v=-v}$

    ただし$\displaystyle{v}$はベクトル空間の元、
    $\displaystyle{0}$はスカラーのゼロ元(加法+に対する単位元)、
    $\displaystyle{-1}$は乗法の単位元$\displaystyle{1}$の加法に対する逆元で、 $\displaystyle{1+(-1)=0}$をみたすスカラーの元のことです。


    一見、以上の2つの式は、慣れない人でしたらとても当たり前に感じるかもしれませんが、
    あながちそうでもありません。


    $\displaystyle{0v}$の振舞いは、よく見ると ベクトルの条件1〜5の中に定義されていません。
    (確かに$\displaystyle{1v}$は定義されていますけど)

    また$\displaystyle{-1}$は単位元でもゼロ元でもない元です。
    それなのに$\displaystyle{(-1)v=-v}$
    つまりこの式は細かく言えば、$\displaystyle{-1}$を作用させることと
    ベクトルの逆元を求めることは、同じことだと言っています。


    実は、この2つの式は条件1〜5から示すことができます。
    もしよければ、自分で証明してみてください。

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